掲載後査読(Post-Publication Peer Review)は、論文公開後に研究者がウェブ上で内容を評価・議論する新しい査読システムです。従来の非公開型査読に比べて、透明性が高く、専門家だけでなく広範な意見が反映されるため、論文の質をさらに向上させることができます。本記事では、従来の査読との違いや、掲載後査読のメリット、成功事例を詳しく解説し、この査読システムが研究者に与える影響について深掘りします。

掲載後査読(出版後査読)とは何か

掲載後査読(英:Post-Publication Peer Review, 英略:PPPR)とは、学術論文が公開された後に、研究者コミュニティ全体がその論文の内容を評価、議論し、フィードバックを提供するプロセスです。

この仕組みは、論文の信頼性と質を高めるために、従来の事前査読(Pre-publication peer review)を補完するものです。

従来の査読プロセスでは、論文が学術誌に掲載される前に2~3人の専門家がその内容をチェックし、評価を行っていましたが、掲載後査読では論文が公開された後に、広範なコミュニティが参加し、多様な視点からの意見や評価が行われます。

掲載後査読(出版後査読)の目的は、研究の透明性を高め、より多くのフィードバックを通じて研究の正確性や妥当性を確認することです。

特に、オープンサイエンスの台頭とともに、学術コミュニケーションの方法が変化し、学問の民主化が進んでいる中で、掲載後査読は重要な役割を果たしています。

掲載後査読の定義と概要

掲載後査読は、2001年にこの方式を導入したのは、学術雑誌『Atmospheric Chemistry and Physics』(ACP)で、従来の査読と異なり、論文が掲載された後にフィードバックや評価が行われました。

このシステムは、学術誌が限られた専門家によってのみ評価されるのではなく、公開された論文に対して幅広いコミュニティが意見を述べられる点で、従来の査読方法を補完するものです。

従来の査読と掲載後査読の違い

項目従来の査読掲載後査読(出版後査読)
審査タイミング論文掲載前論文掲載後
審査者の選定編集部が選んだ2〜3名の専門家誰でも参加可能(特定のサイトでは資格制限あり)
透明性非公開、査読者は匿名公開、査読内容や議論がウェブ上に残る
議論の対象範囲限定的(特定の査読者と編集者間のやり取り)広範囲(研究者全体、場合によっては一般読者も含む)
評価の質の保証編集部による選定参加者の専門知識によるバラツキの可能性

掲載後査読の歴史

掲載後査読の発展は、オープンサイエンスの考え方と密接に結びついています。

オープンサイエンスとは、研究結果やデータ、プロセスを公開し、学術的な成果が広く共有されることが目的の活動です。これにより、研究の透明性が高まり、広範なフィードバックを通じて研究の質を向上させることができます。

2001年に『Atmospheric Chemistry and Physics』が初めてこの方式を採用して以降、掲載後査読は徐々に学術出版の一部として浸透していきました。その後、PubPeerやF1000Researchなど、オープン査読を取り入れたプラットフォームが登場し、掲載後査読の仕組みはさらに発展しました。

特に、F1000Researchは、掲載後査読の透明性を強調し、すべてのフィードバックや議論が公開される仕組みを導入しました。

このような変化は、研究者コミュニティ全体にとって、より多くの意見を取り入れるための新たな機会を提供しています。

掲載後査読の役割

掲載後査読は、単なる評価手段にとどまらず、学術コミュニティにおける透明性と信頼性の向上に寄与します。

研究の質を高めるために、多様な視点からのフィードバックが重要視され、特に次の2つの点で大きな役割を果たします。

透明性の向上とオープンサイエンスへの貢献

従来の査読プロセスは、非公開で行われ、査読者の名前や評価プロセスの詳細が公開されることはほとんどありませんでした。

このため、査読の過程や評価の基準に不透明さが残っていました。しかし、掲載後査読では、すべてのフィードバックや議論が公開されるため、透明性が大幅に向上します。これにより、学術界における信頼性が高まり、研究者や一般読者が評価プロセスをより深く理解することができるようになります。

また、オープンサイエンスの考え方を取り入れることで、研究の質を向上させるだけでなく、学術成果の共有が促進され、研究全体の進展が加速します。

研究者間の協力や知識の共有がより活発になることも、掲載後査読の大きな利点の一つです。

学術コミュニティ全体でのフィードバックと議論

掲載後査読のもう一つの重要な役割は、研究に対する広範なフィードバックの提供です。

従来の査読では限られた人数の専門家しか参加できませんでしたが、掲載後査読では、さまざまなバックグラウンドを持つ研究者が自由に意見を述べ、議論を深めることができます。

これにより、研究の妥当性がより多くの視点から検証され、学術成果の質が向上します。

特に、オープンなフィードバックは、研究に対する批判的な視点を取り入れる機会を提供し、論文の訂正や改善を促進するための重要な要素となります。また、著者がフィードバックに対してどのように応答するかも公開されるため、研究の発展に寄与する建設的な議論が行われやすくなります。

掲載後査読のメリットと課題

掲載後査読には多くの利点がありますが、同時にいくつかの課題も伴います。

メリット:迅速なフィードバックと研究の即時評価

従来の査読プロセスでは、論文が掲載されるまでに数カ月から数年かかることが一般的でした。

しかし、掲載後査読では、論文が公開されると同時にフィードバックを受けることができるため、新しい知見や技術が迅速に共有されます。これにより、研究の進展が加速し、特に急速に発展する分野において大きな利点をもたらします。

また、研究が早期に公開されることで、他の研究者や一般読者が最新の知見を迅速に利用できる点も、掲載後査読の大きなメリットです。学術コミュニティ全体でのフィードバックが迅速に集まり、論文の質が短期間で向上することが期待されます。

課題:フィードバックの質の保証と混乱の可能性

一方で、掲載後査読には、フィードバックの質を保証することが難しいという課題もあります。誰でもフィードバックを提供できるため、専門知識の乏しい者や意図的に誤った情報を提供する者からのコメントが混在することがあります。このため、フィードバックの質を維持するための仕組みや、無益な議論を防ぐためのガイドラインの整備が求められます。

また、多数のフィードバックが集まることで、重要な指摘が埋もれてしまうリスクも存在します。これに対しては、効果的なフィードバックを見極めるためのシステムや、特定の専門家による質の高い評価を優先的に扱う仕組みが必要です。

掲載後査読の実施方法

掲載後査読は、オンラインプラットフォームを通じて行われることが一般的です。以下に、代表的な掲載後査読プラットフォームとその特徴を示します。

代表的な掲載後査読プラットフォーム

  • PubPeer
    • 誰でも匿名でコメントを投稿でき、論文の不正行為や倫理違反が議論されることが多い。
    • 学術界での信頼性が高く、論文の訂正や撤回に至るケースも多い。
  • F1000Research
    • 編集部が指定した査読者による評価が行われるが、読者からのコメントも受け付けるオープンプラットフォーム。
    • オープンサイエンスを推進し、すべてのフィードバックが公開されるため、透明性が高い。
  • ScienceOpen
    • 誰でも参加できる公開査読システムを提供しており、ORCIDアカウントを持つ者は査読に参加可能。
    • オープンアクセスの論文が多く、研究者が自由に意見交換できる場を提供。

    これらのプラットフォームでは、論文が公開されると同時に、研究者や読者からのフィードバックを受け付け、研究の質向上を図っています。

    掲載後査読が研究に与える影響

    掲載後査読は、研究の質と信頼性を向上させるために大きな影響を与えています。従来の査読では見逃されがちな誤りや細部の欠陥が、広範なコミュニティからのフィードバックによって早期に指摘されることが期待されます。

    また、掲載後査読は、研究者が自己の研究を公開し、広範な評価を受けることで、学術界全体の知識の発展に寄与する手段ともなります。特に、オープンな議論が行われることで、研究に対する理解が深まり、新たな知見が生まれる機会が増加します。

    成功事例

    掲載後査読(出版後査読)の成功事例としては、PubPeerF1000Research上で行われた論文の評価が挙げられます。

    たとえば、ある論文が公開された直後に、読者や専門家からのフィードバックにより誤りが指摘され、著者が迅速に論文を訂正したケースがあります。このように、掲載後査読は研究の信頼性を高め、誤りの早期発見と訂正を促進する役割を果たしています。

    また、PubPeerでは、研究倫理に違反する論文が議論され、その結果として論文が撤回された事例も多数存在します。これにより、学術界全体の公正性が保たれ、研究の質が向上しています。

    まとめ

    載後査読(出版後査読)は、学術研究の評価において透明性と信頼性を強化するための新しいアプローチです。

    公開後のフィードバックを通じて、研究の質を向上させ、学術コミュニティ全体に貢献する仕組みとして、今後ますます注目されることが期待されます。一方で、フィードバックの質の保証や過剰な情報の整理といった課題もあり、適切な運用が求められています。今後、掲載後査読の役割は、より重要なものとなるでしょう。

    参考

    Poschl, U. (2012). Multi-stage open peer review: Scientific evaluation integrating the strengths of traditional peer review with the virtues of transparency and self-regulation. Frontiers in Computational Neuroscience, 6. https://doi.org/10.3389/fncom.2012.00033

    ScienceOpen. (2017, April 3). A new gold standard of peer review is needed. ScienceOpen Blog. https://blog.scienceopen.com/2017/04/a-new-gold-standard-of-peer-review-is-needed/

    ScienceOpen. (2017, March 29). What are the barriers to post-publication peer review? ScienceOpen Blog. https://blog.scienceopen.com/2017/03/what-are-the-barriers-to-post-publication-peer-review/

    ScienceOpen. (n.d.). ScienceOpen search. https://www.scienceopen.com/search

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    学術情報発信に携わる編集チームとして、長年にわたり学術出版に関する深い知識と実績を有する。国内の数十誌にわたる学術雑誌の発行サポート経験を活かし「学術情報発信ラボ」の執筆チームとして、研究者や編集者に向けた最新のトピックや、研究成果の迅速な発信に貢献する情報を発信している。

    専門分野は学術出版、オープンアクセス、学術コミュニケーションであり、技術的な側面と学際的なアプローチを交えた解説が特徴。

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