学術出版において、透明性と信頼性は研究成果の正確な共有と社会的信頼を確保する上で重要です。しかし、ジャーナル運営や編集プロセスにおいて基準が不明確な場合、不正行為や誤解が発生し、学術界全体の信用が損なわれるリスクがあります。この課題に対応するため、Committee on Publication Ethics(COPE)をはじめとする国際的な学術機関が「学術出版の透明性と信頼性向上に必要な原則」というガイドラインを策定しています。このガイドラインは、学術出版に関わるすべてのステークホルダーが遵守すべき基準を明示し、世界中で広く受け入れられています。本記事では、このガイドラインの詳細を解説します。

学術出版の透明性と信頼性の重要性

学術出版は、研究者同士の知識共有を通じて科学や社会の進歩に貢献する重要な役割を果たしています。

しかし、その信頼性を担保するためには透明性が欠かせません。不透明な運営や基準に基づく出版は、学術界全体の信用を損なう可能性があります。

国際的な学術組織である、出版倫理委員会:Committee on Publication Ethics(COPE)、オープンアクセス・ジャーナル:ディレクトリ:Directory of Open Access Journals(DOAJ)、オープンアクセス学術出版社協会:Open Access Scholarly Publishing Association(OASPA)、世界医学雑誌編集者協会:World Association of Medical Editors(WAME)の組織は連携し、学術出版の透明性を確保する目的で「Principles of Transparency and Best Practice in Scholarly Publishing:(日本語訳:学術出版における透明性と最良の実践のための原則)」というガイドライン策定しています。

この原則は、2022年9月に改訂された第4版として公開され、学術界全体で広く実践されています。

学術出版における透明性の重要性

透明性は、以下の点で学術出版にとって不可欠です。

透明性が求められる理由:

  • 読者の信頼獲得:公開された研究が正確で偏りがないことを示します。
  • 著者の利益保護:適切な著作権とライセンスを保証します。
  • 学術コミュニティの健全性:不正行為の抑止につながります。

「Principles of Transparency and Best Practice in Scholarly Publishing:(日本語訳:学術出版における透明性と最良の実践のための原則)」ガイドラインではこれらの要素を保つために、どのようなことをするべきかについて記載がされております。

ガイドラインの活用が期待される例

「Principles of Transparency and Best Practice in Scholarly Publishing:(日本語訳:学術出版における透明性と最良の実践のための原則)」は、COPEのウェブサイトで公開され、誰でもアクセス可能です。

このガイドラインは以下のような場面で役立ちます。

活用できる具体例

ガイドライン活用例

  • 新規ジャーナルの立ち上げ時
     ガイドラインは、新しい学術ジャーナルを立ち上げる際に、その運営方針や編集プロセスを構築する基礎資料となります。透明性を確保しつつ信頼性の高い出版物を作成するための指針を提供します。
  • 既存ジャーナルの評価と改善
     既存のジャーナルが運営や編集プロセスを見直す際、このガイドラインを参考にすることで、透明性や公平性を強化し、読者や著者からの信頼を得ることができます。
  • 不正行為への対応
     剽窃やデータ改ざんなどの不正行為が疑われた場合、ガイドラインに基づいて適切な調査と対応を行うことで、公平かつ透明な解決が図れます。
  • 多様性・公平性の促進
     ジャーナルのポリシーを見直す際、アクセシビリティや公平性を強化する基準として役立ちます。特に、著者の国籍や性別に依存しない編集方針の構築に有用です。

ガイドラインの重要性

このガイドラインは単なるルールブックではありません。学術出版がより公平で信頼性の高いコミュニケーション手段として機能するための土台を提供するものです。すべての学術出版関係者がこの原則を理解し、実践することで、学術界全体の質の向上が期待されます。

以下より ガイドラインの内容を 詳しく解説します

透明性と信頼性向上の基本原則

「Principles of Transparency and Best Practice in Scholarly Publishing:(日本語訳:学術出版における透明性と最良の実践のための原則)」は、すべての学術出版物に適用されるべきガイドラインです。この原則は特別号や会議録にも適用され、以下のようなポイントを重視しています。

アクセシビリティ、多様性、公平性、包摂性の推進

出版者および編集者は、すべての人に対して平等に機会を提供する責任を負っています。具体的には次のような取り組みが求められます:

  • 公平性の確保:投稿原稿の審査は学術的価値のみを基準とし、著者の国籍、信条、人種、性別に影響されない。
  • 包摂性の強化:ジャーナルのポリシーが誰も排除しない形で定期的に見直される。

これにより、多様な背景を持つ研究者が公平に貢献できる環境が構築されます。

学術ジャーナルの基本的な要件

ジャーナル名

ジャーナル名は、以下を満たす必要があります:

  • 他のジャーナルと混同されないユニークな名前であること。
  • ジャーナルの起源、範囲、または他のジャーナルや組織との関係について、誤解させない名称であること。

ウェブサイトの基準

ウェブサイトは読者や著者に正確な情報を提供する重要な窓口です。そのため以下が求められます:

  • セキュリティの確保:ウィルスやマルウェアからユーザを保護するためHTTPSを使用し、すべての通信を暗号化する。
  • 情報の正確性:不正確な情報や他サイトからの無断コピーを含まない。

さらに、以下の項目を明確に掲載する必要があります:

必須項目説明
ジャーナルの目的と範囲(Aims and scope)目的、出版範囲を示す。
ジャーナルの読者層
原稿の種類例えば、複数または重複した出版は許可されていない
著者資格基準著者としての基準を明確にする。(例えば、学術団体であれば、会員のみ執筆可能等)
ISSN番号電子版および印刷版の両方で提供。

公開スケジュール

ジャーナルの発行頻度は、著者や読者にとって信頼の指標となります。発行スケジュールを明確に記載し、特別な事情がない限りそのスケジュールを厳守することが求められます。

不規則な発行や予期せぬ遅延は、ジャーナルの信頼性を損なう要因となり得ます。

そのため、スケジュール管理を厳格に行うと同時に、万が一の変更が必要な場合は、迅速かつ透明性を持って説明することが重要です。

アーカイブ

ジャーナルのコンテンツが長期にわたり保存されることは、学術的な価値の維持に不可欠です。

たとえ出版社やジャーナル自体が運営を停止したとしても、電子バックアップ計画やデジタル保存体制が確立されていれば、コンテンツは後世に受け継がれます。
具体例として、PMCKeepers Registryなどのアーカイブサービスを利用することで、長期保存の信頼性を確保することができます。

このような仕組みを明確に記載することで、読者や著者に安心感を提供します。

著作権とライセンス

著作権の取り扱いは、学術出版における基本的な信頼の要素です。以下の点が特に重要です:

著作権とライセンスでの重要なポイント

  • 著作権条件はコンテンツごとに明確に記載されること。
  • HTML版やPDF版など、すべての形式で著作権者が明示されること。
  • ウェブサイト自体の著作権条件と、学術出版コンテンツの条件が別個に区別されること。

ライセンスについても同様に、詳細な情報が必要です。特に、オープンアクセスで公開されるコンテンツには、適切なオープンライセンス(例:Creative Commonsライセンス)が適用され、その条件が正確にリンクされるべきです。

これにより、著作物の利用者が適切な範囲内でコンテンツを活用できる環境が整います。

ジャーナルの運営と管理

学術誌における編集ポリシーの重要性

学術誌は、研究成果の透明性と信頼性を維持するため、以下のような編集方針や倫理基準を設定し、それを公開することが求められます。

公開するべき編集ポリシー

  • 著者や寄稿者の定義に関する方針
  • 苦情や異議申し立ての取り扱い方針
  • 研究不正(盗用、データ捏造、改ざんなど)への対応方針
  • 利益相反に関する方針
  • データ共有や再現性に関する方針
  • 倫理的監督に関する方針
  • 知的財産権に関する方針
  • 発表後の議論やコメントに関する選択肢
  • 訂正や撤回のポリシー

これらのポリシーを整備し公開することで、研究不正の抑止や問題発生時の迅速な対応が可能になります。また、利益相反やデータ共有の方針を明確にすることで、研究コミュニティにおける透明性が向上します。編集者や出版者がこれらの責任を果たすことは、学術誌の信頼性を高める上で不可欠です。

査読に関するポリシーの透明性

査読プロセスは、研究の質を担保するために不可欠です。学術誌は、以下の情報をウェブサイト上で明示する必要があります。

公開するべき査読ポリシー

  • 査読の有無
  • 査読者の役割(外部専門家、編集委員など)
  • 使用される査読形式(シングルブラインド、ダブルブラインドなど)
  • 著者推奨の査読者の使用有無
  • 補足資料の査読有無
  • 査読内容やレビューの公開有無
  • 査読者の匿名性(署名の有無)
  • 原稿の決定プロセスと関与者
  • 査読対象外となる例外的な記事

査読期間の透明性や遅延時の対応も重要です。

査読プロセスの明確な公開は、著者と読者に公平性を提供し、学術誌の信頼性を高めます。

アクセスに関するポリシーの重要性

学術誌のオンラインコンテンツがすべて無料でアクセス可能でない場合、以下の点を明確に記載する必要があります。

記載するべきアクセスポリシー

  • アクセス方法(登録、購読料、ペイパービューなど)
  • 印刷版がある場合の提供条件と料金

これにより、読者は利用条件を理解し、適切な選択が可能になります。特に、オープンアクセスでない場合、透明性を持って利用条件を提示することが、読者の誤解を防ぎます。また、印刷版の提供に関する情報を明示することで、幅広い読者層への配慮が行き届きます。

組織

所有権と管理体制

所有権と管理体制

  • 学術誌の所有権や管理体制に関する情報は、ウェブサイト上で明確に表示されるべきです。
  • 組織名が、著者や編集者に誤解を与えるような形で使用されてはなりません。
  • 学会、研究機関、スポンサーと提携している場合は、そのリンクを提供することで、ジャーナルの背景を明示します。
  • 透明性を確保することで、投稿者や読者に信頼性と正当性を伝えることが可能です。

アドバイザリーボディ(編集委員会など)

編集委員会での注意点

  • 編集委員会は、ジャーナルの目的や分野に適合した専門家で構成されるべきです。
  • メンバーの氏名と所属機関をウェブサイトに記載し、最新の情報に保つ必要があります。
  • 編集委員がその役割を引き受けることに同意していることを確認します。
  • 定期的な構成の見直しを行い、編集委員会が適切であるかを評価します。
  • 透明性と専門性を保証することで、ジャーナルの信頼性を向上させ、詐欺的なジャーナルと関連付けられるリスクを防ぎます。

編集チームと連絡先情報

編集事務局の連絡先について

  • 編集者の氏名や所属機関を明示し、ウェブサイトに掲載します。
  • 編集事務局の連絡先(郵送先住所を含む)を公開し、問い合わせが容易にできるようにします。
  • 編集者の専門的な所属情報を示すことで、ジャーナルが分野の専門知識に基づいて運営されていることを保証します。
  • 投稿者や読者がジャーナルと円滑にコミュニケーションを取れる環境を提供し、利便性と信頼性を高めます。

学術誌におけるビジネス運営の指針

学術誌が運営において透明性と公平性を保つためには、著者料金、収益源、広告、マーケティング活動に関する明確な方針を設定し、それを公開することが求められます。以下、それぞれの項目について解説します。

著者料金(Author Fees)

著者が負担する料金について

  • 著者料金が課される場合:
    • 記事処理費用(APC)、ページ料金、編集処理料金、言語校正料金、カラー印刷料金、投稿料金、会費、その他の追加料金などは、ウェブサイトに明確に記載する必要があります。
    • 料金情報は投稿プロセスの早い段階で、簡単に見つけられるよう提示する必要があります。
  • 著者料金が課されない場合:
    • その旨を明示する必要があります。
  • 将来的に著者料金を導入する予定がある場合:
    • その可能性を明確に記載するべきです。
  • 料金免除(Waiver):
    • 免除の対象者、免除の条件、申請方法やタイミングを明記します。
    • 免除の情報は分かりやすく提示し、編集上の決定には影響を与えないことを明示するべきです。


著者料金の透明性は、投稿者が学術誌の利用条件を正確に把握するために重要です。特に、料金免除についての情報を明示することで、投稿の公平性を確保できます。また、料金や免除が査読や採否の判断に影響しないことを明示することで、公平性を保証できます。


その他の収益源(Other Revenue)

その他の収益源について

  • 収益モデルや収益源:
    • ウェブサイトに明確に記載する必要があります。
    • 例:著者料金、購読料、スポンサーシップ、補助金、広告、別刷り、補足号、特集号など。
  • 収益源と編集決定:
    • 収益源(例:別刷り収入、補足号、特集号、スポンサーシップ)が編集上の意思決定に影響を与えてはなりません。


収益モデルの透明性を確保することは、学術誌の公正性と信頼性を維持するために不可欠です。特に、収益が編集方針に影響を与えないことを保証することで、投稿者や読者に対する信頼感を高めることができます。

広告(Advertising)

広告のポリシーについて

  • 広告ポリシーの公開:
    • 学術誌が広告を受け入れる場合、その広告ポリシーを明確に記載する必要があります。
    • ポリシーには以下を含めます:
      • 受け入れる広告の種類
      • 広告を受け入れるかどうかの判断を行う人物または組織
      • 広告がコンテンツや読者行動と関連しているか、ランダム表示か
  • 広告と編集方針の分離:
    • 広告は編集方針に影響を与えず、公開されたコンテンツとは明確に区別されるべきです。


広告の取り扱いにおいて透明性を保つことで、学術誌の運営が公正であることを示せます。特に、広告が編集方針に影響を与えないことを保証することは、学術誌が営利目的で偏った判断をしていないことを示す重要な要素です。

直接マーケティング(Direct Marketing)

マーケティング活動における注意点

  • 適切なマーケティング活動:
    • 学術誌が行う直接的なマーケティング活動(原稿の募集など)は、適切で、ターゲットを絞ったものであり、押し付けがましくないものであるべきです。
    • 出版者やジャーナルに関する情報は正確であり、読者や著者を誤解させないようにします。


マーケティング活動が適切で正確であることは、学術誌の評判を維持するために重要です。特に、過度な原稿募集や誤解を招く情報が含まれたマーケティングは、投稿者や読者の信頼を損なう可能性があります。適切なターゲットと方法で行うことで、学術誌の価値と信頼性を守ることができます。

まとめ

学術出版の透明性と信頼性向上のためには、国際的な原則に基づく一貫した取り組みが求められます。「Principles of Transparency and Best Practice in Scholarly Publishing:(日本語訳:学術出版における透明性と最良の実践のための原則)」のガイドラインを適切に実践することで、学術コミュニティ全体の質を高め、より公平で包摂的な知識共有が可能になります。

参考文献

Committee on Publication Ethics, Directory of Open Access Journals, Open Access Scholarly Publishing Association, & World Association of Medical Editors. (2022). Principles of Transparency and Best Practice in Scholarly Publishing. DOI: https://doi.org/10.24318/cope.2019.1.12

この記事を書いた人

学術情報発信ラボ 編集チームのアバター

学術情報発信ラボ 執筆・編集チーム

学術情報発信に携わる編集チームとして、長年にわたり学術出版に関する深い知識と実績を有する。国内の数十誌にわたる学術雑誌の発行サポート経験を活かし「学術情報発信ラボ」の執筆チームとして、研究者や編集者に向けた最新のトピックや、研究成果の迅速な発信に貢献する情報を発信している。

専門分野は学術出版、オープンアクセス、学術コミュニケーションであり、技術的な側面と学際的なアプローチを交えた解説が特徴。

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