2002年に発表された「ブダペスト・オープンアクセス・イニシアティブ(BOAI)」、その後の重要な節目である「BOAI10(2012年)」「BOAI15(2017年)」「BOAI20(2022年)」について解説します。BOAIは、学術論文を無料で公開し、誰もがアクセスできるようにするオープンアクセス(OA)の基盤を築いた歴史的な取り組みです。各声明では、OAの進展状況や課題を振り返り、新たな目標や推奨事項が示されています。

BOAIの概要

BOAIの背景と目的

ブダペスト・オープンアクセス・イニシアティブ(Budapest Open Access Initiative:BOAI)は、2002年2月14日に発表されたオープンアクセス(OA)の推進運動です。この運動の目的は、学術論文を誰でも自由にアクセスできる状態にすることです。

ブダペスト・オープンアクセス・イニシアティブ(BOAI)は、科学者や学者が報酬を求めずに査読済み研究を無料で共有できるようにするための重要な一歩として位置づけられています。インターネットという新しい技術と、研究成果を無償で公開するという古い伝統が融合することで、前例のない公共の利益をもたらす可能性が生まれました。

ブダペストオープンアクセスイニシアチブ:オープンアクセスの基本定義とは?

ブダペストオープンアクセスイニシアチブ(BOAI)は、学術研究成果への無料でのアクセスを促進する取り組みです。BOAIのオープンアクセスの定義、再利用の権利、著作権、についてを詳しく解説します。

オープンアクセスの定義

BOAIは、オープンアクセスを次のように定義しています:

「査読済みの学術研究文献がインターネット上で無料で提供され、誰もが自由にアクセスし、ダウンロード、コピー、配布、印刷、検索、リンク、全文をインデックス化、データとしてソフトウェアに渡す、その他あらゆる合法的な目的のために利用できる状態」(Budapest Open Access Initiative, 2002)

この定義では、著者が著作権を保持しつつも、他者が作品を利用できる権利を広く許可するという枠組みが示されています。唯一の制約は、著者の作品の完全性を保つ権利と、適切に認知され引用される権利を著者に与えることです。

グリーンOAとゴールドOAの概念

ブダペスト・オープンアクセス・イニシアティブ(BOAI)は、オープンアクセスを実現するために「グリーンOA」と「ゴールドOA」という2つの補完的な戦略を提唱しました:

「グリーンOA」と「ゴールドOA」という補完的な2つの戦略

  • グリーンOA(セルフアーカイビング):
    研究者が査読済みの論文を、オープンな電子アーカイブ(機関リポジトリなど)に登録する方法。これにより、論文は査読後にリポジトリに保存され、誰でも無料でアクセス可能になります。
  • ゴールドOA(オープンアクセスジャーナル):
    オープンアクセスを前提とした新しい世代の学術雑誌を創刊し、既存の雑誌のオープンアクセス化を支援する方法。これらのジャーナルは、著作権を利用して論文へのアクセスを制限するのではなく、永続的なオープンアクセスを保証するために著作権を利用します。

これらの戦略は、研究の質を維持しつつ、研究者が自由にアクセスできるプラットフォームを提供することを目指しています。

BOAI10宣言の要点

宣言の背景と重要な進展

BOAI10は、BOAIが発表されてから10年後の2012年に出された宣言です。

この宣言では、オープンアクセス運動の進展を振り返り、新たな方向性を提示しました。

BOAI10では、オープンアクセスの普及が成功を収めたと認識されています。「OAはすべての分野で広く確立され、技術的、経済的、法的な実現可能性がテストされ、文書化されている」と述べられています。これにより、オープンアクセスが学術界にとって現実的かつ持続可能な方法であることが確認されました。

オープンアクセスへの戦略と実績

BOAI10では、グリーンOAとゴールドOAの2つの戦略が引き続き効果的であると確認されています。

これらは「直接的かつ効果的な手段であり、これらは学者自身の手の届く範囲内にある」とされています。つまり、これらの手法は、今後もオープンアクセスの普及を加速させるための重要な鍵となるということです。

10年後の新たな目標

BOAI10の宣言では、次の10年間で「オープンアクセスが新しい査読済み研究文献を配布するデフォルトの方法になる」という新しい目標が設定されました。

この目標は、特に大学や研究機関において、学術文献をオープンアクセスリポジトリに登録することを推奨し、研究成果が誰にでもアクセス可能になることを目指しています。

BOAI15宣言の要点

15周年の反省と進捗状況

2017年に発表されたBOAI15は、オープンアクセスの普及とそれに伴う課題を再評価しました。特に、グローバルなコミュニティ調査を実施し、オープンアクセスの進展状況と主な障害を評価しました。

調査結果から、2つの主要な課題が浮かび上がりました:

BOAI15の調査からでた課題

  1. 研究者が自身の研究をオープンに共有するためのインセンティブの整備
  2. オープンアクセス出版に関連するコストの削減

これらの課題に対処するため、研究者がOAを選択する動機を高めるための評価制度の改革が重要視されました。

オープンアクセスの障害と解決策

BOAI15では、OA出版に関連するコストが依然として大きな課題となっており、これに対する対策が必要であると指摘されています。出版コストの削減や、OAを選択した研究者への報酬を与える仕組みを整備することが提案されました。

また、BOAIの価値、影響、継続的な関連性を反映するための作業グループが結成されたことが報告されています。

BOAI20宣言の要点

20周年の新たな提言

BOAI20は、2022年2月14日に発表され、オープンアクセスの進展とその持続可能性に焦点を当てています。特に「OAはそれ自体が目的ではなく、研究の公平性、質、利便性、持続可能性を達成するための手段である」と強調されています。

BOAI20では、4つの主要な推奨事項が提示されています:

BOAI20では、4つの主要な推奨事項:

  • オープンで、研究者コミュニティが管理する基盤(システムやソフトウェア)上でオープンアクセス研究を公開すること。

  商業企業が管理するシステムではなく、研究者自身が管理できるオープンソースのシステムを使って研究成果を公開することを推奨しています。

  • 研究評価と報酬システムを改革し、オープンアクセスへの動機付けを改善すること。

  研究者の評価や昇進の際に、オープンアクセスで研究を公開することを積極的に評価するよう、大学などの制度を変更することを提案しています。

  • 経済的理由で著者を排除しない包括的な出版・配布方法を優先すること。

  論文掲載料(APC)を必要とする出版方法ではなく、著者が無料で論文を投稿できるジャーナルや、機関リポジトリでの公開を推奨しています

  • オープンアクセス研究の出版に資金を使う際は、オープンアクセスが手段となる目標を念頭に置くこと。

  オープンアクセスは単に論文を無料で公開することが目的ではなく、研究の公平性、質、有用性、持続可能性を向上させるための手段であることを強調しています。
  また、「読み書き契約」(購読料と論文掲載料をセットにした契約)からの移行を推奨しています。
  これは、短期的にはオープンアクセス論文の数を増やす効果がありますが、長期的には持続可能ではないと指摘されています。

システム的課題と今後の展望

BOAI20では、商業主導の研究インフラのリスクや、研究評価のあり方に対する課題が指摘されています。これらの問題に対して、オープンインフラの利用と学術主導のプラットフォームへの移行が求められています。

より分散型で独立したオープンインフラを構築することが推奨されており、商業主導のインフラに依存することで将来的にアクセスが制限されるリスクを回避することが強調されています。

インクルーシブな出版モデルへの移行

BOAI20のもう一つの重要な提言は、インクルーシブで持続可能な出版モデルへの移行です。特に「ダイヤモンドOA」(著者が費用を負担しないオープンアクセスモデル)を推進し、すべての研究者が経済的な障壁なく研究成果を公開できる環境を整備することが強調されています。

また、「読み書き契約」(Read-and-Publish agreements)からの移行を推奨しています。

これらの契約は短期的にOA論文の数を増やす効果がありますが、APCモデルに依存し、著者を排除する問題を抱えているため、長期的には持続可能でないと指摘されています。

結論

ブダペスト・オープンアクセス・イニシアティブ(BOAI)とその後の3つの声明は、学術情報のオープンアクセス化に向けた重要な取り組みです。2002年のBOAI、2012年のBOAI10、2017年のBOAI15、そして2022年のBOAI20は、オープンアクセスの定義や戦略を明確にし、その進展を評価する上で重要な役割を果たしました

これらの宣言を通じて、オープンアクセス運動は単に学術文献を無料で公開するだけでなく、研究の公平性、質、利便性、持続可能性を向上させるための手段として位置づけられるようになりました。今後は、オープンインフラの構築、研究評価システムの改革、インクルーシブな出版モデルの推進など、より包括的なアプローチが求められています。

参考

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学術情報発信ラボ 執筆・編集チーム

学術情報発信に携わる編集チームとして、長年にわたり学術出版に関する深い知識と実績を有する。国内の数十誌にわたる学術雑誌の発行サポート経験を活かし「学術情報発信ラボ」の執筆チームとして、研究者や編集者に向けた最新のトピックや、研究成果の迅速な発信に貢献する情報を発信している。

専門分野は学術出版、オープンアクセス、学術コミュニケーションであり、技術的な側面と学際的なアプローチを交えた解説が特徴。

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